イラスト:約8秒で画像が切り替わります 【第34回】 「餅」を食う意味

 今でこそ、年がら年中、スーパーで売っている餅だが、私が子供の頃(昭和四十年代。横浜生まれ)には正月を主とした、いわゆる「ハレ」の行事にだけ食べるものだった。
 平安時代も、餅は特別な食べ物だったことに変わりはないが、私が初めて古典を読んだ時以来、今に至るまで「いかにも平安時代だなぁ」とそそられ、気になっているのが“三日夜(みかよ)の餅(もちひ)”あるいは“三日(みか)の餅”と呼ばれる餅だ。
 当時の結婚は男が女の家に通うなり、住むなりする「婿取り婚」。 新郎となる男が、新婦となる女の家に通い始めて三日目、新婦側の親族に紹介される、結婚披露の宴があるのだが、その際、新郎新婦に供されるのが“三日夜の餅”だ。三日夜の餅を食べれば、
「はい、これで二人は夫婦ですよ」と、男は逃げられなくなるわけである。
 簡単と言えば簡単だが、餅の持つ深い意味を思えば、そうとも言い切れない。一緒に餅を食うのは「同じ釜の飯を食う」同族化効果があると同時に、餅自体のもつ霊力も加わって、容易ならざることなのだ。

子の子餅・亥の子餅
 『源氏物語』の主人公光源氏(以下、源氏)と愛妻紫の上が結婚した際にも“三日夜の餅”が描かれるが、ここにはもう一つ、“亥(ゐ)の子(こ)餅(もちひ)”というのが出てくる。
 亥の子餅とは、陰暦十月の最初の亥の日に食べると、万病を防ぎ、子孫繁栄すると考えられている餅だ。この亥の子餅を食べる夜が、源氏が紫の上を半ば無理やりに犯した翌日の夜、つまり新婚「二日目」に当たっていた。この日、召使が“亥の子餅”を用意するのを見た源氏は、乳母子(めのとご)の惟光(これみつ)を呼び出して、ほほ笑みながら、こう命じる。
「この餅を、こんなにたくさん大袈裟でなくていいから、明日の暮れに用意してくれ」
 これを受けた惟光は勘の鋭い男だったので、すぐその意を察し、
「“子(ね)の子(こ)”はいくつご用意しましょう」
と、お伺いを立てる。十二支の「亥(ゐ)」の次は「子(ね)」で、“亥の日”の次は“子の日”になるので、亥の子餅を食べる行事のその日、
「新婚『三日目』に当たる明日の『子の子餅』は、どうすればいいんですかね?」としゃれたわけだ。
 三日夜の餅は普通は妻側で用意するが、紫の上は十歳の時、拉致同然に連れて来られたので、例外的に夫の源氏が気を回したのだが、当時の風俗を知らないと、理解できない冗談ではある。

餅の持つ深い意味
 三日夜の餅はともかく、亥の子餅を食べる風習はその後も続く。昭和二十年代に書かれた、柳田國男の『年中行事覚書』によると、この晩、多くの地方で、
「亥の子と称して新藁で太い苞(つと)を巻き立て、地面を打つてまはる遊びがあつた」。
 「土地の力を強くする呪法」と考えられ、地方によっては、
「亥の子餅くれんこ、くれん屋のかかは、鬼うめ蛇うめ、角の生えた子を産め」
などと、歌ったという。亥の子餅をくれない家の奥さんは、鬼や蛇や角の生えた子を産んじゃえ!という、ずいぶんまがまがしい、脅し文句である。
 祭の日に、こうしたゆすりたかりまがいの脅しをするのは洋の東西を問わないようで、亥の子餅の行事とまさに同じ十月、現代人にはおなじみの「ハロウィン」でも、
“trick or treat”(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ)
と言いながら、子供たちが家々を回ることになっている。思うに亥の子餅やハロウィンの菓子は、そうして脅してまでもゲットしなくてはならない、とてつもなく大事な意味がもとはあったのだろう。
 その深い意味とは何か。
 と考えた時、餅は元来、
「人間の心臓の形を、象どつて居たものでは無いか」(『食物と心臓』)
という柳田説が頭に浮かぶ。餅は人間の体の中でいちばん大事な心臓の象徴、魂を形にしたものだというのだ。
 餅が昔から霊妙なものと考えられていたのは、突然現れた白い鳥が“餅”となって、その後、里芋数千株となったという『豊後国風土記』の話などからもうかがえる。小学館の新編日本古典文学全集の校注によると、
「当時から餅は白く球形のようで、魂(たま)と玉は同根の語」と、餅と魂の関連性を指摘する。
 思うに、こうした魂の象徴たる餅を食べることによって、魂が強化されると昔の人は考えていたのではないか。
 そしてその餅を誰かと一緒に食べることによって、互いの心身の一部が交換され、混ざり合う ・・・・・・ つまり子孫繁栄が果たされると考えられていたのでは。
 要するに「餅を食う」ことイコール「セックス」だと、昔の人は見なしていた。と、私は、思うのだ。
 それが証拠に、平安時代、亥の子餅を食う効能も「子孫繁栄」だったし、柳田の紹介する「亥の子」での脅し文句でも「産め」と繰り返されていたではないか。その際、新藁で地面をたたくのも、セックスを模しているのだろう。ぺったらぺったら杵と臼で餅をつく行為はもちろん、粘着質の餅をくっちゃらくっちゃら噛みしめる行為もそういえば、なにやらセックス的ではないか。
 そしてこの意味で、亥の子餅も三日夜の餅も、根っこは一つ。『源氏物語』で三日夜の餅と亥の子餅がセットで出てきたのも、無意味なことではないと私は思う。
 「餅を食うこと」イコール「セックス」であると思う根拠は、まだある。
 三日夜の餅は「食いちぎらずに三つ食べる」という作法があって、継子いじめで名高い『落窪物語』によると、男はきっちり作法にのっとって食べているが、女の食べる数は、「男のお気持ちしだい」と言っていて、決まっていなかったようだ。
 三つというのは三日を意味するだろう。食いちぎってはダメというのは離婚をしないようにというまじないだろう。つまり「三つの餅を食べる」ということが、「男が三日、女のもとに通い、セックスする」という行為に重なっているのだ。女の食べる餅の数が男の気持ちしだいというのも、夫婦関係を暗示して意味深だ。
 男が女の家に三日通えば成立なんて、平安時代の婿取り婚はお手軽だな〜と、かつて私は思っていたのだが、どっこい、三日目に“三日夜の餅”を食べることは、互いのセックスと結婚生活をなぞることであり、婿入りする男にしてみれば、女の体に連綿として流れる、太古からの先祖の血を体に取り入れ、
「今日から君も我らの仲間だね」と、女の一族に迎えられ、
「君らの血と血を合わせて、子孫繁栄、お願いね」と、おおっぴらに引導を渡されることでもあるのだ。それも妻側が婿の経済的な世話をする婿取り婚の本義から言えば、良き後ろ盾ができて頼もしいと言えば頼もしいが、怖いと言えば怖い。
 やたらと餅を食べる気がしなくなること請け合いで、昔の人が特定の日にしか餅を食べなかったのも、なんだかうなずけるのである。


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